[2005/09/12追記]神武記に「イスクハシ鯨」という語句がある。「イスクハシ」が「鯨」に掛かる枕詞の如くである。「石上(イソノカミ)」を「イスノカミ」とも言うことを考え合わせれば、「イスクハシ」は「イソクハシ」として、「幸・妙し」「鯨・妙し」あたりを意味している、と考えて良さそうである。
即ち、iso-yanke-kur(シャチ)「獲物を・陸に上げる・神(者)」が陸に上げる獲物が小さければ、「兎を・陸に上げる・神(者)」と通じるのだ。説話の筋書きがシャチの呼び名の中に包含されている。
そして、「シャチ」を指すアイヌ語は多数あるがその一つにrep-un-kamuyがあり、これは「沖に・いる・神」の意味である。この異名は「オキノシマ」に流された兎がワニ(即ちシャチ)に邂逅するという筋書きに必然性を与えるものである。このように、日本語に「翻訳」された話では見えてこないことが、アイヌ語で理解すると整然と説明が出来てくる。
「波上の兎(いるか)」にせよ「兎くじら」にせよ、どういう訳か、「兎」とこの種の海の動物が関連している。伊勢の語源をご覧になった方は「兎」が海上の三角波を意味するので海上では忌み言葉となっている、ということをご存知だろう。何故か「兎」と海洋とは関係が深いのである。
「数を数える」という動詞はpiskiと言い、解析するとpis-kiとなり、「pis・をする」という構成になっている。pisが「数える」の語根と思しき要素である。一方、pisには「浜」という意味がある。
この「浜」に関して述べる。古事記では因幡の白兎の舞台を「気多の岬」としている。これは現在の鳥取県鳥取市西端の地名に、白兎、白兎海岸、白兎神社があり、御丁寧にもその沖には淤岐ノ島、まであり、この近辺のことと考えられている。一方、その西隣は気高郡(旧・気多と高草の合併地名)であり、そこには「北浜」(<気多?)、浜村、などの地名がある。即ち、高草郡(因幡風土記が舞台とする処)の「気多」の「浜」候補地であろう。
下表に見る通り、数える、浜、痛痒い、に pis 音が含まれ、この説話をアイヌ語で読む時、語呂合わせが面白い効果を発揮するものと思われる。
ipiski,piski | 数える |
si-kina | 蒲(原義:大きい(本当の)草=高草) |
ipisisip | いらくさ |
pisisi | 痛痒い思いをさせる |
pis | 浜(「数える」の語根に合う。気多比定地に「浜村」現存) |
pista | 浜辺に |
pis_no | (〜する)たびに、いつも、毎回 |
soso,sospa | むく、剥がす |
更に「数える」の piski は「蒲」si-kina(高草、の意味にもなる)のs_-kiを含んでいるのも、もしこの話が縄文語で語られていたとすると、恐らくソノラスな効果が高かったのではないだろうか。アイヌ語の説話がソノラスである、という知里真志保の指摘はこちらを御参照下さい。知里真志保の言うところの「同語を反復し、対語で畳み、時には頭韻を利かせて、流れるような行文の上に汲みとるばかりの音調美をただよわせていることがある・・・語る者にも聞く者にも非常にソノラスな印象をもたらすのである。この音調的な美しさはアイヌ文学の特徴の一つであって文字の無かったため主として聴覚に訴えられることも原因の一つであろうと思う。」を「因幡の白兎」にも見ることが出来る。
さて、古事記ではこの兎を「裸兎」と「素兎」と二通りに書いている。本居宣長はその紀伝で「この兎が白いとはどこにも書いてない。ここで急に『素兎』というのも腑に落ちない。素とは裸のことであろうか。シロとは読まず他の読み方があるのだろうか。後の人良く考えてよ。」という趣旨を述べているそうだ(参照:岩波古典文学大系「古事記」p93頭注11)。
上の表に入れておいたように「剥く、剥がす」を意味する soso という語がある。「素兎」と書いて音読みすれば soto であろう。"to"と"so"が共に"tso"に溯るか、と考えられる程、この二音は近い。「素兎」とかいて「裸の兎」を意味してきた根元は、このアイヌ語彙 soso にあるのではなかろうか。
上記のように、このお話はアイヌ語で理解してみると、
- ワニとは獲物(鯨)を浜まで追いかけてくる習性のあること
- 「ワニ」を「シャチ」のことと解すると「兎を陸に上げる」というアイヌ語につながること
- シャチが「沖」(の島)にいる神だということとも符合すること
- isepo, piski,に代表されるように、p,s,k の音が豊富に含まれ音調が良いこと
- また「素兎」と書く背景もアイヌ語 soso で解けること
などが判る。
以上により:
因幡の白兎の話は縄文語で語られたものを日本語訳して伝わった、それを古事記や風土記が記録した。であるから、縄文語の後裔言語(ではないかと研究しているのだが)であるアイヌ語でこれほど理解が進むのだ。
と結論する。
この種の「動物の知恵比べ」が「東南アジアなどにみられる」(世界神話辞典(角川書店)p339)そうで、そのことと、この話が縄文語で語られたとの推定を合わせると縄文文化の東南アジアとの接点(他地域との接点もあろうが)という展開にもなりそうである。
兎の知恵、アイヌ・バージョン:「アイヌの神話III」更科源蔵著みやま書房P160より
「海馬(とど)は・・・海神の妹が病気になったとき、兎をだまして海の上に連れ出し、その生胆をとろうとしたが、兎の機転で『病気に良く効く胆は、山の木の枝に乾かしてきた、今もっているのは何も効かない胆だ』といわれて、がっかりして『よく効く胆をとってきてくれ』と兎を陸に戻すと『馬鹿野郎!どこの世界に胆が二つも三つもあるものがあるか』といって兎が笑った」。
知里真志保の分類アイヌ語辞典・人間編の「はだか」の項に 「atusa yukpo《聖典,p162》 皮を丸剥ぎにした小鹿。atusa isepo 皮をむかれて赤裸になったウサギ」とあり、出典とされる金田一京助著「アイヌ聖典」世界文庫刊行会、というのを調べてみたいと思っている。同書ではないが、三省堂の金田一京助全集11所収の「アイヌ聖典」ではp142に atusa yukupo が出ていた。文脈としては、人間が鹿(これも神からの賜物)を粗末に扱う為、神が捕れないようにした、というものであった。金田一は、ここを「空剥ぎの鹿」と訳出している。