因幡風土記(存疑)より 因幡の白兎・考(2) 「因幡」と「気多」 |
この稿では「因幡」と「気多」という地名について考えている現状を報告する。 まず keta というアイヌ語を各種辞書でひいてみると、やっと見つかるのが服部四郎の「アイヌ語方言辞典」で樺太と宗谷方言で「星」の意味で使われていることだけである。千島方言では「星」=kettaとあり同語であろう。宗谷以外の北海道では使われていないようだ(勿論、小生手持ちの辞書の範囲で)。案外「星」のアイヌ語の古形かもしれない。それはに就いては後でまた少し触れる。 更科源蔵の「アイヌの神話」p184には下記の歌謡が紹介されていて、keta=群落、としている
これは菱を採集するときに唄われる労働歌であり「菱の祭のときにだけ、他の祭事にはほとんど現れることのない太陽神にあげる木幣(イナウ)が現れる」と書いている。 しからば逆に「群落」とか「群れ」とかのアイヌ語を調べてみても topaとか rupが出てくるだけで keta 或いはその類似音は見つからない。 知里真志保の「アイヌ語分類辞典・植物編」の「ヒシ」の項を読んでゆくと、上記の更科源蔵が収録した歌と同じく菱の祭りで唄われるものとして次のように出ている。
これに関して知里真志保は「geta は ketcha「果柄」か。とすれば getaha は ketchaha「その果柄」である。第一句は「その果柄とってみたか? ということになる。第二句は「果柄は赤いよ!」であろう。 つまり更科源蔵は keta を「群落」と、知里真志保は geta を「果柄」と捉えている。いずれにしても「菱」というその実を食用とする植物に関係している、と考えて良いようである。 さて、菱でも大きいものをオニビシというがそのアイヌ語は ine-aw-us-pekanpe(4つ・舌が・ある・菱の実)という。菱の実の形に因る名称である。この前半二つの音節が inaw 木幣に近いことも目を引く。 [2005/08/30 link updated]「菱」の写真を掲げているHPを見つけたので記しておく。 オニビシの実 角が4つあり星になぞらえて良かろう。 木幣は何かお祭りしたい神に関わる場所の近くでお供えする訳だが、山田秀三は「北海道の地名」で木幣 inaw に関わる地名をいくつか上げている。
上記数例から、イナウを供える場所として色々あろうが、海を望む岬、がありうる事を示した。岬を意味するアイヌ語は幾つかあるが pa もその一つである。従って、実例は見あたらないものの inaw-pa でも「木幣の・岬」ほどの意味が造れる。 知里真志保著作集3・p34:(シャチに関して)・・・「イソ・ヤンケ・カムイ」即ち「海幸を浜へ上げる神様」など、いろいろに呼び、海岸の岩や崖や岬の上などにその祭壇を設けて、古くは鯱祭も行ったらしく思われるのであります、とありイナウを供える立地場所の例となる。 以上見てきたように: 太陽神の inaw を供えられる keta(菱の・群落/果柄)とine-aw-us-pekanpe(4つ・舌が・ある・菱の実)に包含される「イナウ」の音、から keta 菱 イナウ の関係がありそうだ。 そして、イナウを供えた岬、が inaw-pa イナバ、なのだという筋書きを考えているところである。 上に、オニビシをアイヌ語で ine-aw-us-pekanpe(4つ・舌が・ある・菱の実)と言うと書いたよう花も四弁で、実にも4つの刺があるそうだ。この実の形状を「星」と見立てたものと思われ、樺太、千島、宗谷の「星=keta/ketta」と他地域の「keta/geta=菱(に関わる)」は同源のようだ。 この因幡の白兎は「高草」郡に居た。野草(の背丈)が高かったから、とか、竹薮のことか、と風土記(逸文)自体が二説掲げている。一方「蒲」のことをアイヌ語で si-kina と言うがこれの原義は「大きい/本当の・草」であり「高草」に通ずる。「高草」とは「蒲」のことではなかろうか。なお、愛知県蒲郡(がまごおり)の周辺に「大草」という処が二個所ある(西隣の額田郡幸田町と東隣の宝飯郡御津町)少し離れるが渥美半島にもある。 si-kina という原名を「蒲」とも「大草」「高草」とも翻訳したのであろうか。 さて「気多」というと石川県羽咋市の「気多大社」が思い起こされる。ketaと「菱」の関係を頭に置いて地図を見てみると周辺に「菱根川」(気多大社北方)「菱分町」(邑智潟南岸)があり満更ハズレでもなさそうだが確証とも言えない。。。 [2012/07/25追記] 上記のようにアイヌ語で「菱」と「星」が共に keta に集約出来るようだ。一方日本語内部でも「菱・ひし」と「星・ほし」は同源かもしれない;そして、「ひ」「ほ」と母音交替をして意味の差別化をしているように見える。 [2013/01/18追記]「火」に関して「ひ」と「ほ」があり、上記「ひし」「ほし」が同源である、との仮定が有効のように見える。しかし「火」の場合の「ひ」は乙類;「菱・ひし」の「ひ」は甲類であり、傍証として掲げることに躊躇いが残る。 |