ツ&ト |
その後、ツやトを表す漢字を調べてみたところ、例えば「都」のように「ツ・ト」両方に使われている漢字と「ツ」の専用(らしい)字の区別があるらしいことに気がつきました。下表をご覧ください。平凡社の世界大百科事典(カナの項、より。字訓かなを除く)
ツを表す漢字群: | 推古遺文 | 都 |
古事記・万葉集 | 都、川、追、通 | |
日本書紀 | 都、屠、觀、突、菟、徒、途、豆、頭、図 | |
ト(甲類)を表す漢字群: | 推古遺文 | |
古事記・万葉集 | 刀、斗、土、度、渡 | |
日本書紀 | 刀、斗、杜、塗、妬、都、覩、屠、徒、度、渡 |
共用されている「屠、徒、途、塗」の音の変遷を、上記字典で調べてみると、共通して、 dag - do - t'u - t'u 、となっています。更に、「図」は「ツ」の用例はあるものの「ト(甲)」の用例が無いようですが(平凡社世界大百科事典)、「図」の音の変遷も、これら4文字と同じなので、用例が見つからないだけで、「ト(甲)」にも使い得た字かと思われます。また「杜」も同じ音の変遷になっているので、「ト(甲)」に使われたが、「ツ」としては、たまたま使われなかっただけで、共用され得た、と言って良いと思います。
また、「ツ・ト」両方に使われる「都」の変遷は、tag - to - tu - tu、とあります。
漢字 | 上古 | 中古 | 中世 | 現代 |
屠、徒、途、塗、図、杜 | dag | do | t'u | t'u |
都 | tag | to | tu | tu |
●専用字
漢字 | 上古 | 中古 | 中世 | 現代 |
通: | t'ung | t'ung | t'ong | t'u∂ng |
菟: | t'ang | t'o | t'u | t'u |
追: | tIu∂r | t.Iui | t.s.u∂i | t.s.u∂i |
突: | du∂t | du∂t | t'u | t'u |
豆: | dug | d∂u | t∂u | t∂u |
頭: | dug | d∂u | t∂u | t∂u |
つまり、中古音が(t'o ではなく)to か do だと、「ツ・ト(甲)」共用である。
「ツ」と「ト(甲)」を表すのに同じ漢字が使われた、ということは、「ツ」と「ト(甲)」の音が似ていたからであろう。どのように似ていたのか。それぞれの音が tsu と to であったとするよりは、 tu と to であった、と想定するのが良さそうだ。つまり上代日本語の「ツ」はtsuではなく、tuだった、と理解する。[2010/04/30追記]
「ツ」がtsuでなく、tuであったことは昭和12年には「既に定説」とされている(有坂秀世)[2010/05/02追記]
もう一つ重要な指摘が出来る:即ち乙類の「ト」は「ツ」と共用されない! これから、「ト乙」はかなり安定した音(音韻というべきか)であり音価は tsu/tso に近かった可能性もある。[2010/04/30改訂]
何がしたくてこんなことをやってるかと言いますと、一つは日本語で「ツ」と「ト」が分離したのは案外新しいんじゃなかろか、せいぜい奈良時代とかを通じて分離したのではないか、とか、
もう一つ、to から tu と to に別れて、その tu が後に tsu になったのか、それとも、to から tsu と to が直接誕生したのだろうか、とか、これは、アイヌ語には tu があって tsu が無いことから気になっている点なのです。
更に、祟神7年8月紀の「倭迹速神浅茅原目妙姫」(=倭迹迹日百襲姫、とされる)の「迹速」(ト乙・ト甲)の謎に迫れるのではないか、と思ってるからです。