JCウイルスの人類学0 |
ある種のウイルス保有者がどんな種目のウイルスを持っているか、で人類学的な系統を推定しようとする分野がある。しばしば目にするものの一つはATLという病気を起こすHTLウイルス、もう一つが本稿で考えてみよう、理解を深めてみようとするJCウイルス(JCV)だ。 |
主たる参考文献は: (1) 『JCウイルスからみた日本人の起源と多様性』余郷嘉明・北村唯一・杉本智恵。『日本列島の人類学的多様性』SCEIENCE OF HUMANITY VOL. 42収載 (2) 『アイヌから検出されたJCウイルスDNAの系統解析』余郷嘉明、鄭 懐穎、長谷川政美、杉本智恵、田中新立、本庄健男、小林伸好、太田信隆、北村唯一。『ANTHROPOLOGICAL SCIENCE (JAPANESE SERIES)』VOL.111 NO.1, 2003 収載 である。 以下に評論するにあたり参照したいので(2)に掲げられているJCVの系統樹を引用しておく。 |
まず予備知識を簡単に:JCVはそれ(ウイルス)自身の系統的発展(進化、系統樹、ゲノム型)があり、グループの定義のし具合にもよるだろうが17の群に分類される。それらを17の「JCV型」と書くことにする。このウイルスは多くのヒトが保有していて、ある重大な病気をおこすこともあるが、通常の免疫を持っているヒトの場合には、このウイルスを保有していても発病しないことが多く、また「人種」によって持っている「JCV型」が異なる、という。 |
参考文献(1)にて、日本人の2%ほどが、コーカソイドに多いJCV型を持っていることから「太古に於けるコーカソイドの東へ向けての大移動の波のひとつが日本の東北地方、日本海側に至り・・・」という解釈を提示している。 |
参考文献(2)においては、アイヌの一部が東北シベリア先住民やイヌイットから検出されるJCV型を有していることから、「データ規模が小さいため、アイヌの起源に関して早急に結論を導くと、誤りを犯す可能性がある。」と用心しながらも「いかにJCVゲノム型解析がアイヌの起源の解明に役立つかを示したかったから」として敢えて提示されたことは:
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このように実に「重大であり得る」知見と考察が記されている。示唆するところの重大性に鑑み、はばかりながら私なりの読み、評価、評論、批判をしてみようと思う。 |
まず、ウイルス、というものの基本的な問題は、あるウイルスの保有者の子が「必ず」そのウイルスを持つ、ということはない、ということである。つまり、保有者の子であっても「感染」しなければ保有者にならない。これがMtDNAなどが(感染、ではなく)「遺伝」により親(MtDNAなら母)から子に実用上「必ず」継承されることと大きく異なる。 |
つまりウイルス感染の状況というのは、遺伝的系統とは一致しない(親子であっても感染してないこともある。感染していても親子関係はない、など)。それではウイルスによる人類学的考察は無意味か、と云うと、これがまた、無意味とは言えないであろう、と思われるのが「悩ましい」。 というのは、「日本人」などと一括りに考えるとき何を指しているかが難問だからだ。「日本人」とは「遺伝的」に単一または少数の系統に属しているヒトの集合か、というと答えは「否」である。人類集団は遺伝的には実に多様なものだ。むしろ、「日本人」などという人類集団は、生活の場を共有しているヒトの集合、と捉えた方が近いかもしれない。そうだとすると、ウイルスが感染する、ということが生活の場を共有している、ということを表象しやすいかもしれない、ということで「悩ましい」のだ。 |
では、生活の場を共有していれば「必ず」感染するか、というと、これがそうでもない。参考文献(1)によると
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「半数」というのでは、とても信頼ある考察に進めないだろうし、「二世・三世で90%」というのも、我々が視野に入れたいのは例えば二千年、百世代、という桁だろうから、1世代あたり5%薄まって行くとしたら百世代も経ったら0.6%に薄まってしまう。 |
JCVの感染の性格に関して更に知りたいことは、
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ウイルスによる人類学の残念なところは、ウイルスは生体からしか得られない、ということである。つまり、例えば縄文人骨からJCVを抽出することは全く望みのないことである。したがって、現在のスナップショットから過去を推し量ることしか出来ず、MtDNAなら縄文人骨の系統を研究することが出来るが、JCVではそれが出来ない。 |
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