狭霧考

orig: 96/08/30
rev1: 97/07/11 format
rev2: 98/01/24 format
rev3: 98/06/13 語句追加★印

神代に出てくる神名、また、普通名詞としての「狭霧」は、広辞苑では「サは接頭辞で、『霧』のこと」とあるが、どうもそれ以外/以上の意味があるように思えて、調べております。


(1)「狭霧」「霧」の出現例:

先代旧事本紀には、このあと、大山祇神(と野椎神?)の子として、「天狭霧神」と「国狭霧神」が出てきますが、これは古事記にも出てくるので、古事記の方で再度カバーします。

また、開闢一番の神様の名前を分解しただけに見えるこれらの子神の存在も理解に苦しみますが、「狭霧」の意義探索の旅としては、不問に付します。

上記のように、「狭霧」や「霧」へのコダワリというか、重要視が感じられます。


(2)アイヌ語

アイヌの天空観に関して、「アイヌの世界観」(山田孝子著、講談社)に、 天の構成が述べられていて、幾つかの伝承がある中、一説では、

・最高の天・雲間の高い天・星居の天・下の天霧の天
とされているそうです。また、田中勝彦著著「幻の日本原住民史」(徳間書店)p191、にも
アイヌは天空を6の階層からなっていると考え、最上界の創造主の住む天、 次が狭霧の住む天、次いで星の住む天、などとしているそうです。
という記述があります。

なお、イザナギ・イザナミが国生みをする段になっても、 その方法が判らなかったときに、「セキレイ」(鳥)の動きを見て、その方法を 覚った、と言う話がありますが、同様の話がアイヌにもあるそうです。
★(日本の民話#3神々の物語、瀬川拓男ほか、角川文庫、p20)

そんな事などから「狭霧」もアイヌ語で解いてみようか、と思うわけです。

地名アイヌ語小辞典、知里真志保著、によりますと、
sa(1)(山に対して)浜、(2)(奥、後に対して)前 (3)(屋内では、壁際に対して)炉端
kir(1)足、脚 (2)骨髄 (3)(ビホロ方言)山
  従って、sa-kir で、前の山、というような意味合いになります。 (sa には、「姉」の意味もあるのですが、ここでは、「前」を採りました)

こうなると、大山祇神の子どもに「狭霧神」(<前山の神)が居るのも辻褄が合うように思えます。そして、天狭霧神の娘である、遠津待根神、の子供に「遠津山岬タラシ神」が居るのも「山・岬」と「サ・キリ」=「前の山」≒「崎・岬」と因縁が付きます。


(3)地名の実例

地名アイヌ語小辞典では「キリ」に「山」の意味があるとしていますが、どうも確からしい例が見つからずに困っております。

地図から拾ってみたものを下記します。やはり、アイヌ語である可能性の高い北海道から調べました。実は、読み方が判らず、「キリ」と読み得るもの、しか集められませんでした。ご存知の方々のご援助を頂きたいところです。

雲霧山:網走・紋別・白滝
霧里 :釧路・白糠・音別これは「ムリ」と読むようです。無理でした。(*^^*)
霧立 :留萌・苫前
錐立山:留萌・苫前
霧多布:釧路・厚岸・浜中タップ=肩、∴霧多布=?山の肩。永田方正「蝦夷語地名解」p359では、Ki ta-p と採録しており「茅を刈る処」としている。

東北地方に行くと:

一切山:青森・下北・東通
桐内 :岩手・九戸・山形
耳切山:岩手・東磐井・大東
霧立山:岩手・本吉・唐桑 他

また、関東にも、
岩切、穴切、桐の城山、犬切
、などが見つかります。

面白いものが静岡県で見つかりました。

切山 :静岡・東賀茂・足助
霧山 :同上
佐切 :同上

つまり、霧山とサキリのセットがありました。

こうやってゆくと、南九州の「霧島」とか「霧岳」なども「キリ=山」から理解する 方が、気象の霧、から考えるよりも普遍性がありそうに思えます。また、「山犬切」 という変わった山名(熊本・八代・泉/球磨・水上境)とか「鳥の霧山」(宮崎・ 東臼杵・椎葉)なども和語で解釈しようとする時の不自然さがありません。


(4)副次的な発見として:

山:宮崎市
山:宮崎・南那珂・北郷(花切山から約8km)
峠:宮崎・都城/鹿児島・曽於・松山の堺
 :鹿児島・曽於・有明(鼻切峠から約20km)
大花山形・西置賜・小国(これを、花キリ、と考える)
 :新潟・岩船・荒川(大花山から約20km)
村:宮城・栗原(これを、花キリ、と考える)
峠:宮城/山形県境

こんなセットが見つかり、「キリ」と「タチ、または、タテ」が、なんらかの概念での、対立・対比出来そうな気がします。(「山」を「キリ」と読んで考えて見てください。)

★実は、これは、古事記では、大山祇神の子とされる「天/国の狭神」と「天/国の狭神」との対比(親子?兄弟?)に参考になりそうなので、大変に興味深いものがあります。(なお、「狭土」は日本書紀では開闢三神の一つとして「狭槌」とか「狭立」と表記されていますので神話の「土:霧」=「立:霧」とこれら地名の「立:切」などの対比が注目されるのです。)

上述の通り、「キリ」を「山」と考えると、和語では理解の出来ない/しにくい、 幾つかの神名、地名、の意味や相関が見えてくるように思えますが如何でしょうか。


実は、以前書きました「石切大神=長髓彦」説ですが、 「キリ=山」で考えると、「イ・シ・キリ」で「その・本当の・山」≒「大山祇神」も成り立ちそうです。そうした方が「狭霧」が「大山祇神」の子供であるとの話との整合性も良さそうに思えるのです。つまり、i-shi-kir は double meaning、になっていて、「長髓彦」にも、「大山祇神」にも転化したのかもしれない。少なくとも語義の上では、大山祇神=長髓彦と成りうる。???
キリの付く山名を幾つか挙げましたが、熊本の「山犬切」の類似名として、静岡県榛原郡本川根/中川根の境に「山犬段」と云う山と、千葉県安房郡丸山に「犬切」と云う地名が見つかりました。「段」の字の古訓に「キル」があるので、「山犬段」は古くは(今でも?)「山犬切」と等価かも知れません。つまり、「切」「段」は、山名に使われていて「キリ」と読み得る、必ずしも気象の「霧」の意味でもなさそう、と思えます。


目次へ
大山祇神
メールフォームで御感想をお寄せ下さい。 Homepage & 談話室への御案内