撞賢木厳之御魂天疎向津媛命
つきさかき・いつの・みたま・あめさかる・むかひつ・ひめのみこと

ORIG: 96/04/02
rev1: 97/07/14 format
rev2: 97/09/16 font, format, wording
rev3:2020/09/11 仮名精査

神功皇后紀(冒頭の9年3月)に出てくる「撞賢木厳之御魂天疎向津媛命」 (つきさかき・いつのみたま・あまさかる・むかひつ・ひめのみこと)は天照大神の 別名と考えられています。また、他方、神功皇后9年紀の最後の方に異説が挙げ られていて、件の神名を「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊」(むかひつ・ をもそほふ・いつのみたま・はやさあがりのみこと)としています。

異説との関係に就いては後ほど考察します。

いつものように(^_^)アイヌ語の調べをしておりました所、アイヌの方での重要な 神様である「火の女神」(ape huchi kamuy)の本名と言うのを見つけました。 この神様の機能には人と神の間の言葉の仲介をすることがあります。

さて、その本名は、いくつか異伝もあるようですが、
ape meru ko yan ko yan mat, una meru ko yan ko yan mat、
と言うそうです。逐語訳をしますと、
火 輝 * 上がる   女  灰 輝  * 沖から陸に向かう 女
(参照:中川裕、アイヌ語千歳方言辞典、apehuci(kamuy)、及び meruの項) 即ち、
火の輝きと共に、灰の輝きと共に上がってくる神、
と言う意味になります。 *を付けた ko は接頭辞で「〜に向って、〜に対して、〜と共に」の意味があります。

なお、 yan は第一義としては「上陸する」ですが、広い意味では「現実の海や陸でなくとも、その関係にたとえられるような場合にも用いられる」との注記があり、中川辞典の meru の項では「炉端にやってくる」と解釈しています。ここでは、後段とのつながりもあり、同辞書 yan の項から「沖から陸に向かう」を採りました。

なんと、「天疎向津」と言う部分は、
天→アメ→ape(火)
疎る→(火が)盛る→meru
向津→陸地(港)に向かう→ko yan
という、関連が見られないでしょうか。

この神様は以前、仲哀天皇に、熊襲征伐は止めて新羅を取りなさい、と勧めていて、熊襲(先住民)に好意的、乃至、先住民保護の立場を取っているようで、或いは先住民の神様か、と想定を進める事ができそうです。

このアイヌの神名の後半は、これほど直接的には解釈は出来ないのですが、それでも、仲哀記(岩波だとp231)には、天照大神と住吉三神の要求として「真木のを瓠に入れ・・・・・大海に散らし浮かべて渡りますべし」という謎めいた託宣があります。岩波の頭注では、意味不明の呪術であろう、としてます。

日本書紀は「天疎向津」(上記のように「火」の要素が見られる)だけを記し、古事記は「灰」だけを記しているので、両者を合わせて「火」と「灰」の組み合わせを観察し、且つ、神と人の間の意志伝達にも関わっている話であることも考え合わせ、この神の神格は、ape huchi kamuyの神格と甚だ近いものをだったように考えられます。

前半の「撞賢木厳之御魂」(ツキ・サカキ・イツノ・ミタマ)は、まだ解けません。 「撞賢木」が「厳」に掛かる枕詞だ、と云う説(紀伝)を承っておくにとどめます。


さて、神功皇后9年紀の最後の方掲げられている異説は、件の神名を 「向匱男聞襲大歴五御魂速狭騰尊(むかひつ・をもそほふ・いつのみたま・ はやさあがりのみこと)」としています。両説を並べてみますと、

 「撞賢木・厳之御魂天疎向津・媛命」
 「向匱・男聞襲大歴・五御魂速狭騰尊」

語群(字群)の対比としては、
「厳之御魂」「五御魂」参考共通音:いつのみたま
「向匱」「向津」参考共通音:むかひつ
「天疎」「速狭騰」参考共通音:(あま/はや)さかり
「撞賢木」「男聞襲大歴」対応関係未明
が抜き出せると思います。

また、「撞賢木」と「男聞襲大歴」が対応の見当が付かないペアとして残ります。 この両語の音が同様の意味を持つような言語が見つかると良いと思っているのですが。

上記ペアから、「天」と「速」が対応(同義???)しそうな事も引き出せそうです。


小学館発行の「日本民俗文化大系2、太陽と月」のp98に沖縄の風俗として
    「伊波普猷(著)の『火の神考』は、海岸や河岸から石を拾ってきてこれを火の神のヨリシロにするのは、『火の神はもと海から上がって来たものだから、そういうことをする』という伝承を報告している・・」
とあり、大変興味深い符合を見せています。


Homepage & 談話室への御案内 歴史館(総合)目次へ
言語館の目次へ
メールフォームで御感想などお寄せ下さい。