大国主命の語義や性格に近いものがアイヌの伝承にもあったようであると書いたものの続きである。
知里真志保の「分類アイヌ語辞典・植物編」p226に「おぎ(荻)」に関して次のような説話が紹介されている。
この植物(荻)はコタンカルカムイ(kotan-kar kamuy 国を・造った・神)の鼻くそだった、という伝説がある。
大昔、アカピラという所(石狩国空知郡赤平町?)で、コタンカルカムイが熊に襲われて負傷した。それを聞いてトゥレシ(turesi その妻)が泣きながら夫のもとへ駆けつけた。その途中でつばをはいたらそれが白鳥になった。だから白鳥わ女の声で悲しげに泣きながら空を飛んで行くのである。また手鼻をかんで投げたらその柔らかい鼻汁が蘆(supki)になり、硬い鼻汁(鼻くそ)が荻(si-ki)になった。云々」
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これと古事記、出雲風土記を併せ読むとこうなる。
八十神が大穴牟遅神を迫害して「伯伎国(ハハキの国、鳥取西部)の手間の山で言うに『赤い猪を追い落とすから、下で待って捕まえよ、失敗したら殺すぞ』と。実は猪に似た大きな石を焼いて転ばしたので大穴牟遅は死んでしまった。・・キサ貝比賣とウム貝比賣が生き返らせた。母の乳汁を塗ったら美しい男になった。」(以上古事記)「法吉(ホホキ)郷 ・・・ウムカ比賣命 法吉鳥となって飛び渡り、此処に静まり坐す。」(以上出雲風土記嶋根郡)
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つまり共通点は、国造神(大穴牟遅)が熊(赤猪・焼石)に依り命を失い、介抱した者に関わるものが白鳥(法吉鳥{鶯})になった、ということが観察される。
国造神の鼻くそが「荻=siki」になった、とは、大国主の子どもに「アヂシキ」が居るのと符合しまいか。(関連:「和知・考」)
もう一つの符合(2001/04/03):「唾を吐く」を top-se という。これは top という擬音語と se 「と言う」の複合語で、トプという音を言う、のが原義である。さて、古事記の方には「母の乳汁」というモチーフがある。乳汁のことは tope という。これの所属形(〜の乳)は topehe で「唾を吐く」top-se と酷似している。即ち、どちらかの原形から他方が派生・転化してきたものと考えられる。