新著発刊に寄せて
椎名 慎太郎
(山梨学院大学法学部教授、山梨県考古学協会副会長)

・・・第一作は無理なこじつけがなく、アイヌ語や言語学の素養をふまえていて説得力が豊かであると感じた。

今回、第二作『初期天皇后妃の謎――欠史八代、失われた伝承の復元』刊行にあたり何か推薦文のようなものを書くように依頼を受けたので、草稿段階で走り読みして、不適任を自覚しながら何点か感想めいたものを書かせていただく。

新著は、母系名称相承の慣行と、これにより継承される名前の中にアイヌ語の元となった縄文語の痕跡を探るという手法で、欠史八代の時期の歴史像を浮かび上がらせようという意欲的な挑戦をしている。・・・断片化された伝承をつづり合わせることにより、実在が確実視される初代崇神天皇(大王)以前に、畿内に磯城(春日・十市)系の大王(女王)がいて、これが欠史八代に相当するのではないかという見通しを提起している。その当否は読者のご判断に委ねることにして、・・・視点ないし方法論として心に残った点を挙げてみたい。

第一に、「伝承と史実は別と割り切ったうえで伝承の全体像をつかむ」という姿勢に好感をもった。粗略な分析で強引な結論を引き出そうとする類書が少なくない中で、「こぼれてしまった伝承の復元」というきちんとした基礎作業を根気よくしておられるのは大切なことと思う。しかも、その中から浮かび上がってくる史実の影には説得力を感じる。越と出雲の近縁性の指摘は、古墳時代直前に両地域に四隅突出墓という、他の地域にはない墓制が出現する事実と確かにつながる。

第二に、「いくつもの日本」という赤坂憲雄氏らの提唱している視点にたち、文字記録以前の言葉による伝承の復元という・・・独自の手法から、「やまと中心史観」の呪縛を解くという姿勢に共感する。考古学者の近年の著作でも、弥生時代に前述の日本海沿岸地方をはじめとするいくつかの明確な文化圏の存在が指摘されている。

第三に、新著が琉球語との照合という新たな分野に視野を広げていることに感心した。そして私は、母系名称相承というこの本の基本テーマと「キコエ大君」による女治政治との連関、さらには高群逸枝(「女性の歴史」)のいう「族母」との何らかの関係がいずれこの研究の延長上で明らかになりはしないかという期待をもつ。さらに意欲的なご研究を念じる次第である。 ・・・