アヂ・その3「アヂ」は黒曜石
味、その1

orig: 2008/12/16 rev1: 2008/12/20 石凝姥:追記 rev2: 2008/12/21 矢筈:追記 rev3: 2008/12/25 かぬち:追記
rev4: 2012/07/30 万葉集14.3551 vovin 追記


「アヂ」の意味合いを探ってきたが、アイヌ語の anchi, anji =黒曜石 であろうか、との推定を提起する。
「アヂスキタカヒコ」の「アヂ」については「あぢ鴨」との関連、「味」との関連を調べてきたが、あまり説得力のあることではなかった。

アイヌ語の anchi, anji が黒曜石の意味であり、現在でも北海道に地名が残っている。山田秀三著『北海道の地名』から拾ってみる。

  • 現在の「安住」は、オンネ・アンジ川、ポン・アンジ川に因んだものとして、この「アンジ」は黒曜石 (anchi, anji)の意味である。
  • アンチ・オ・ユーベツ:anchi-o-yupet 即ち、黒曜石・多い・湧別川
  • この語を日本語に借用したと思われる例がある。青森県の「鰺ヶ沢」、秋田県男鹿半島西岸に「阿治ケ島」であり、双方とも黒曜石の産地である。

    「アヂ」が黒曜石の意味だとすると、「スキ」は「土を掘り起こす。けずり起こす」(時代別国語大辞典上代編)であるから、「アヂスキ」とは、黒曜石を掘る(人)という意味になる。

    黒曜石は他の石材を加工する道具(刃)にもなるし、それ自身が装飾品としても使われよう。つまり「アヂスキ」を称えた歌の一節「玉の御統(みすまる)、御統に、穴玉はや」は黒曜石で加工製作された玉、ないしは、黒曜石の玉を賛美していると理解することが出来よう。また、その歌は「み谷 二谷 渡らす アヂシキ高日子根ぞ」とつづき、黒曜石を求めて山野を踏破するさまを読んでいるかに窺える。

    「アヂ」がアイヌ語起源で「スキ」が日本語、という組み合わせに特段の違和感は無い。「ラッコ取り」「トナカイ狩り」「シシャモ焼き」などと同等の組み合わせである。

    しいて、アイヌ語だけで、黒曜石を取る、ということを表現するならば anchi-kar とでも言えよう。音写すれば、アチカラ あたりであろうか。これが「足柄」になっているように考えられる;というのは、神奈川県南足柄市と箱根町の堺に「火打石岳(988m)」があり、ここに黒曜石が産するようなのである。黒曜石は火打ち石として使われる。


    [2012/07/30 追記] Alexander VOVIN著『万葉集』巻14に3551・3553番歌にある「あぢかま」をobsidian [flat] rock(黒曜石の平岩)と解している。日本語古語、アイヌ語を研究している言語学者が提示している心強い話だ。

    [2008/12/20 追記]

    黒曜石の玉、が古代遺跡から出たという話は見つからないが、黒曜石の「鏡」の例があった。BC6000年代のものが、アナトリア文明博物館に展示されている。黒曜石の「鏡」も日本では見つかっていない。参考:天然ガラス・黒曜石の崖と鏡と水和速度

    考古発掘はないとしても、古事記・日本書紀などで「石凝姥(いしこりどめ)」という人が「鏡作連の祖」とされることから古くには(いわば縄文時代には)「石鏡」があったことが推察される。後に(弥生時代)「青銅鏡」に置き換わった、と考える。

    日本書紀(第一の一書)では:「石凝姥」には天香山の金を採って日矛を作らせ、・・・天羽鞴(あまのはぶき)を作り、これを用いて造り奉る神が紀伊国の日前神である、という。
     しかし「石凝姥」に金属の作業をさせるのも違和感があるし、さらに、「日前」のご神体は鏡であることと、日矛は国懸のご神体であること、から書紀には混乱(脱漏であろう)がある、と考えられよう。

    日本書紀(第二の一書)では:「鏡作部の遠祖天糠戸に鏡を造らせた」とあるが、これは日本書紀(第三の一書)に云う「鏡作りの遠祖天抜戸の兒、石凝戸邊が作る八咫鏡・・」によって「石凝姥」が作るものは「鏡」である、と考えてよい。

    「石凝姥」が何故「鏡」作りに関連するのだろう、と不思議に思っていたが、それは「鏡」とは青銅製のものばかりをイメージしていたからだ。「石(黒曜石)鏡」があった、と考えればよいようだ。


    [2008/12/21 追記]

    アイヌ語の kanchi は通常「舵」(かじ)のことを云う。近文では、十勝石(=黒曜石)のことを kanciwと云う。anchi/anjiと同語であろう。

    アヂスキタカヒコの妻は「御梶(みかぢ)姫」などと書かれる。この「梶」は kanchi=anchiと解しうる。「アヂ」を anchi と解する時、その妻の名に「梶 =kanci≒kanciw=十勝石=黒曜石」があることは有力な傍証になろう。

    なお、「矢筈」のことを aikanci という(久保寺辞典)この語は「ai(矢)kanci(kanchi)=舵」と分析できそうで、矢の飛ぶ方向を制御する機能を示しているかもしれない、と同時に、それが「黒曜石」であることも意味しうる。(参考:かンチラシ kanchi-ras 【ビホロ】いん石。=anchi-ras)

    上記から発想して、各地の「矢筈(山/岳/嶽)」が黒曜石に関連していないだろうか、と調べてみた。背景は:黒曜石の著名な産地である姫島(大分県)にも矢筈岳がある;新潟県南蒲原郡の場合には矢筈岳のそばに「砥沢川」がある。熊本県にも矢筈岳と砥石川がある;ことから、「あぢ、砥、矢筈」が黒曜石に関連する地名セットになるか、ということを調べようとしたのである。

  • 形が矢筈に似ている、ということ以外にも
  • 矢筈が出土する山、というようなことがなかろうか。
  • 半数ほどの矢筈(山など)では地形図でも二こぶが看取ることが出来て、やはり矢筈に似てるから矢筈山、としておくのが穏当のようだった。

    仮に矢筈山から矢筈が出土しても、黒曜石の鏃はあるが、黒曜石の矢筈が見あたらない、という問題が残るので、この捜索は無駄だったようだ。


    [2008/12/25 追記]

    アイヌ語の kanciw が黒曜石を意味する(anchi/anji と同語であろう)となると和語の「かぢ」「かぬち」が視野に入ってくる。

    「かぢ」「かぬち」の意味は「金属類を打ち鍛え種々の器具を作ること。また、それを職業にする者。・・・金・打ちの約であろう。」(時代別国語大辞典上代編)である。

    そこで、この解(「かぬち」の意味)は、金属使用が始まってからのものであり、それ以前は黒曜石を加工することに関していたのではないか、という可能性を見てみたい。


    アヂについて・1
    アヂについて・2
    アジなどの地名リスト
    ヂヌミなど尊称のコレクション
    くらげなす・考
    アヂシキの「シキ」関係・和知考
    鴨・資料01
    Homepage & 談話室への御案内 目次へ戻る
    メールの御案内